「歩み研究会」(4)

2010/02/23 00:08


 あまりにも多くの参加者が言及なさるので吉田康人も乗ってしまいましたが(笑)高槻中・高等学校は「自由」な校風だというのがディスカッションの中心テーマだったように思います。

 個人的には「他校との比較は容易ではないなぁ」と思っていますが、学校関係者のほとんどが「自由な学校」とおっしゃっているので、校風に「自由」を挙げるのはまず間違いないのでしょう(笑)。

 議論の途中、ここ数年の在校生の実態を知る先生がたから「最近は自由でなくなってきた」あるいは「自由の中身が変わってきた」というコメントが相次ぎました。しかし、吉田康人に言わせれば、そういうコメントを聞けば聞くほど、「槻校はやっぱり『自由』な学校なんだ」という思いが募ります。

 パネリストとして申しあげたとおり、槻校の自由な校風の裏には絶えず、「規律」や「モラル」を追求する動きがありました。統一目標を定めて「自由」のベクトルをできるだけ同じ方向へ向け「活力」を生みだそうとする運動もありました。つまり、槻校の「自由」な校風の歴史はすなわち、「自由」と「不自由」(規律や統一目標という意味での)との相克の歴史でもあるのです。

 「自由」と「不自由」とのバランスはその時代、その時代で変遷してきました。最近は「不自由」のほうへ少し傾いているのかな?(笑)。しかし今もこうして、「自由だ」、「いや、不自由だ」という議論が真剣に行われているのを見ると、なおさら強く、「自由」な校風を愛する槻校魂の長い歴史と伝統を改めて感じざるを得ません。そして、学校関係者が誰も槻校の「自由・不自由」について語らなくなった時、その「自由」な校風の歴史は本当に幕を閉じるのではないでしょうか?。

 「歩み研究会」例会後の懇親会も楽しかったぁ(^_^.)。事務局としてがんばってくださっている大塩先生初め、研究会のみなさんへ厚く御礼申しあげます。ありがとうございました。
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